滋賀県栗東市の不動産会社 | 株式会社松屋

ごあいさつ・お問合わせ

沿革

2代目から見た40年、会社、個人の振り返り
<社名由来>
1.祖父が大工職人で屋号が「松屋」(著名経営者より屋号を戴く???)
2.創業者がお世話になった社名に因む
3.松竹梅の最上である。(高級感、当時の感覚)
●昭和56年 1981年 33歳(創業者)
地元ゼネコン、注文建築営業、大衆新車の販売、等を経て「松屋」創業
出来事:レーガノミクスによる日米貿易摩擦深刻
●昭和60年頃 1985年
大津市で3区画の建売用地購入、土地代金をかき集めて(銀行、サラ金、保険等)
地主さんより応援の御神札(三嶋大社)を頂戴する。大化けし、後に大きな礎となる。
出来事:プラザ合意、NTT民営化
●平成元年頃 1989年
同業者と住宅販売会社設立(後にMBOで売却)2015年頃迄依頼「感謝」
京都、大阪だけ(後のバブル)が大津、草津等にも現れはじめる。分譲地広告を入れると同業者から、小売り価格での買取りを求められる。乗り遅れた感、悔しさはあったらしい。
出来事:東証日経平均株価史上最高値
●平成3年頃 1991年バブル崩壊
数年土地を購入できず、(高すぎてついていけない。大正解)借入は少ないが、後遺症はあった。
土地価格が何割も下がれば誰でもある。骨折程度でもOKの時代。
●平成10年頃 1998年
平成元年に不動産管理業(大阪市内)中古住宅仲介業(南大阪)等経て2代目入社
28歳(20歳からスポーツジム、週2回バスケで一番元気と気合が入っていた頃)
出来事:金融庁発足、長銀、日債銀、証券会社等破綻
○最初に入社した会社(昭和37年創業)新入社員はテナント付け、マンション部屋付け、ビル、マンションの管理をして先輩が収益ビルとして販売する。収益還元法、現在は一般的だが当時はお金持ちしか買えない、建てられる、お客さんをメインにした会社。入社当時から「ナンボ回んねん(利回りのこと)」を毎日聞かされていたし毎日計算させられていた。後に弊社で役に立つとは思いもよらなかった。
○入社して驚いたのは事業規模のわりに社員数が3人だったこと、営業が0人で土地仕入れ、完成宅地、住宅建設、設計に特化していたことだ。アウトソーシングで引き渡し、売上をあげる。大阪でも何社かあったが規模が違いすぎた。
当時150区画以上の販売中、申請中があったので私が入社したのも理解できた。毎日強暴な振る舞いの創業者、「3人でこんな売り上げ入りますか?」と疑問を持ちながら仕事を覚え始めたことを思い出す。会社に慣れだしころ創業者に収益物件の購入を進めてみたが一蹴された。表面利回り15%〜、固定資産評価価格並がゴロゴロしていたし、今では考えられない。金融庁が発足して金融機関に膿を出せ、資金回収しろの時代でもあったからだ。しかし不動産の暴落を10年近く経験している業界人はまだ下がるのではないか?も半分感じながら事業していたのも思い出す。実際、微減は続き分譲土地仕入れは下げながら購入していた。
●平成12年頃 2000年
2代目個人で守山駅徒歩4分、RC、ファミリー12室購入
社会人になってマンションオーナー様に仕事で伺っている時、いつかは自分もと夢が叶った瞬間です。この空室に住み、年間収益(住んで14.6%)を創業者(連帯保証人)に報告する。「えぇ商売してるなっ!」と創業者、ここから分譲住宅を減らし、長期保有に舵をきる。
出来事:介護保険制度の導入 ITバブル
●平成14年頃 2002年〜
創業者が中高級の老人ホーム会社を共同で設立し、土地建物は松屋で購入(収益物件の延長になる。)
心配したがコンバージョン完成から半年で満室
創業者の友人の会社を整理、債務者、大口債権者から依頼(県内では中々の規模)
注文建築(当時はログハウス、FC加盟)整理中一部の会社を創業者が買収する。
※この時点で本体は少人数なのに創業者個人に120人がぶら下がることとなってしまった。創業者は全く意識せずにこの2社の事業に携わることに。(要するにお金だ)
出来事:ユーロ流通、日韓ワールドカップ
●平成16年頃 2004年〜
2代目社長就任 収益物件の取得一旦終了。全体的に価格が上がり始める。分譲業社の競合が異常に増え始め、6年前とでは倍から3倍のイメージ。あぐらをかいていたと反省する。
あらゆる仲介業者に社員と手分けしてまわりまくった。住宅ローンも出やすくなっていたし金融情勢も落ち着き始めた印象だ。
出来事:戦後初めて日本の総人口減少
●平成19年頃 2008年〜
大津市湖西で数十億の物件(国有地)を共同で宅地開発。文化財掘削調査中にドラム缶560本等、土壌汚染が発覚、許認可取得後、国に対して買い戻しに成功し年末に終了。
“誰の悪運か”同業者さんに比べ、楽な経営を行えた。上下ラッキーです。“誰の悪運か”
出来事:リーマンショック「強烈なインパクトと資金回収、土地、株価暴落」
●平成23年 2011年〜 創業30周年〜2021年10月1日
全347区画の野洲リバーサイドタウン工事開始、有名ハウスメーカー等に3、4年で約半分を売却し、アベノミクス、消費税増税駆け込み、住宅ローン減税等の追い風、現在も残りをエンドユーザー向けに販売中。
創業者が買収した注文建築会社をMBOで売却、FC加盟の本部は上場を果たしていたので優先株を売却。
中高級老人ホーム会社創業者分増資含む、2代目が株式取得。
●20021年初夏
創業者三嶋大社へ40周年の御礼参り、御神札を2代目が頂戴する。